GMOインターネットグループを標的としたサイバー攻撃の全容とインシデント分析
1. 総合分析とグループにおけるサイバー攻撃の構造的変遷
インターネットインフラ、ドメイン・ホスティング、オンライン決済、金融、デジタルリサーチなど、現代社会の情報通信および経済活動の基盤を広範に担うGMOインターネットグループは、その事業規模と資産流動性の高さから、長年にわたり高度なサイバー攻撃の主要な標的となってきた1。2026年10月に発生した「お名前.com デスクトップクラウド」における不正アクセス事案は、単なるサーバー侵害や機密情報漏洩の領域を越え、仮想デスクトップ(VPS)内に保存された認証情報を起点に個人投資家の金融口座を遠隔操作し、市場取引を偽装して数十億円規模の資産を直接的に強奪するという、サイバー攻撃史における極めて重大な転換点となった2。同月には、グループ傘下のアンケートプラットフォーム「infoQ」においてもソフトウェアの脆弱性を悪用した侵入により約89万件の個人情報が持ち出され、ポイントが不正換金される事案が並行して発生している6。
同グループのインシデント史を俯瞰すると、2010年代初頭の公開Webサーバーに対する改ざんや認証局基盤への威嚇10、Webアプリケーションの脆弱性を突いた決済情報の大量流出12、そして2026年のクラウド基盤侵害と金融資産略奪の複合攻撃に至るまで、攻撃者の目的と手口は高度化と直接的な金銭詐取へとシフトしてきた4。グループ内に「GMOサイバーセキュリティ byイエラエ」や「GMO Flatt Security」といった国内最高峰のホワイトハッカー組織を擁しながらも1、大規模かつ複雑化した本番サービス基盤において防衛の間隙を突かれた背景には、可用性の維持、技術的負債の解消ペース、そして攻撃側におけるAI主導の侵入自動化という、現代の企業セキュリティが直面する構造的摩擦が存在する9。
2. 2026年10月「お名前.com デスクトップクラウド」不正アクセス事案
2.1 経緯と侵害のタイムライン
「お名前.com デスクトップクラウド」は、外国為替証拠金取引(FX)などの自動売買ツール(MetaTrader 4/5等)を24時間連続稼働させる目的で、多数の個人投資家に提供されているWindowsベースのVPSサービスである4。2026年10月19日の顧客からの問い合わせを端緒として発覚した本件は、極めて短期間のうちにサービス全面停止と巨額の資産被害へと拡大した3。
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日時 |
事象および対応内容 |
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2026年10月19日 |
顧客からの異常に関する問い合わせを受け、社内調査を開始17。 |
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2026年10月20日 |
一部顧客のサーバー環境内に第三者が設置した不正プログラムを確認。新規申込受付およびコントロールパネルを即時停止3。 |
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2026年10月21日 04:00 |
被害拡大防止を理由に、対象全プランのサーバー(計26,739台)を順次停止3。第1報を公表(当初は情報悪用を確認していない旨を説明)3。 |
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2026年10月21日午後〜 |
顧客より、外部FX・証券口座における身に覚えのない不正注文および残高消失の報告が相次ぐ3。主要取引所・証券各社へ不正アクセス経路の遮断を要請18。 |
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2026年10月22日 16:59 |
第2報を公表。取引口座のログイン情報等の不正利用の可能性を認め、パスワード変更および既存ログインセッションの強制切断を顧客に要請3。警察へ相談3。金融庁が業界団体へ注意喚起を発出5。 |
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2026年10月23日 16:10 |
第3報を公表。アクティブセッションの切断徹底を再要請5。攻撃者からの身代金要求等の脅迫行為を公表18。 |
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2026年10月24日 11:50 |
第4報・第5報を公表。システム上の問題と顧客情報の外部持ち出しを確認5。全契約者への一律見舞金(5,000円)、不正取引による実現損失の全額補填、現行基盤の完全廃止と新基盤無償提供、および政府への「能動的サイバー防御」緊急要請を発表5。 |
2.2 侵入経路と市場取引を偽装した資産強奪のメカニズム
本件の根本原因は、同サービスの管理システムおよび基盤ネットワークに内在していたセキュリティ上の脆弱性にある2。攻撃者はこの脆弱性を悪用して基盤内部へ不正侵入を果たし、一部の仮想環境内に遠隔操作用の不正プログラムを配備した5。
FXの自動売買環境では、ソフトウェアが自律的に注文を発行し続ける運用特性上、MT4/MT5などの端末内に証券会社・FX会社のログインIDやパスワードが保存され、アクティブなセッションが常時維持されている4。攻撃者はVPS環境からこれらのクレデンシャルを体系的に抽出し、自らの制御下にある外部端末から国内外70社以上の金融機関に存在する顧客取引口座へ正規ユーザーとして不正ログインを実行した4。
金融機関の口座から直接金銭を出金する場合、通常は本人名義の銀行口座宛に限定されるため、攻撃者は資金移動の検知をすり抜ける手段として「市場取引を偽装した資金移転スキーム」を構築した4。深夜帯などの流動性が極端に低い時間帯や、取引量の少ないマイナー通貨ペアを選定し、攻撃者が自ら仕込んだポジションの反対側で、乗っ取った被害者口座から市場価格を無視した極端な大口成行注文を連続執行させた4。これにより、被害者口座にはわずか数秒のうちに数百万円から数千万円規模の致命的な約定差損が発生し、その損失額に相当する利益が反対売買の当事者である攻撃者側の口座へ市場経由で吸い上げられる結果となった4。正規の市場取引を装うこの手法は、名義不一致による不正出金検知アラートを完全に無効化させた4。
また、公開されたログ解析等からは、リモートデスクトップ(RDP)接続時にローカルドライブを仮想環境に接続するリダイレクト機能が悪用され、接続元である顧客PC内のブラウザ履歴や保存された他サービスのログイン情報まで収集されていた疑いが指摘されている22。
2.3 被害規模と攻撃主体の脅迫行動
影響を受けた可能性のある仮想サーバー環境は26,739件に達した3。サーバー上で直接クレジットカード情報などの決済データは保持されていなかったものの、顧客自身が仮想デスクトップ内に保存していた金融機関の認証情報、取引履歴、個人ファイル群が広範に流出した3。被害に遭った個人投資家の中には、わずか2秒の間に400万円以上の資産が消失し、最終的な損失が600万円を超えた事例や、教育資金として運用していた数百万円の元本を一夜にして失った事例が報告されている4。
攻撃者はGMOインターネットに対し、100万ドル(約1億5,700万円相当)から数千万ドル規模の金銭(身代金)を要求する脅迫を行った4。要求に応じない場合の報復措置として、70社を超える金融機関での顧客口座破壊の継続、接続顧客PC情報の暴露および追加ランサムウェア攻撃の敢行、同社内部システムや運用体制情報のインターネット上への公開を突きつけた5。GMO側は一貫して金銭要求には屈しない方針を表明し、脅迫通信ログ等の全証拠を警察に提出して厳正な捜査を要請した18。
2.4 事業者の対応、異例の損失補填と新基盤移行
約款および利用規約上、同社が提供していた役務は仮想サーバーという計算資源の貸与に留まり、金融資産そのものの受託管理は行っていなかったため、通常の規約解釈では賠償責任が利用料金相当額(月額数千円程度)に限定される公算が高かった4。しかし、インフラ提供者としての社会的責任とインターネット社会への信頼毀損を重く受け止め、同社は従来の法的責任の枠組みを超えた異例の救済措置を導入した4。
第一に、不正アクセスに起因する不正取引によって顧客に生じた確定損失(売買差損および取引手数料)について、取引先の証券会社等からの返金が得られない部分も含め、被害事実の認定を経て全額を補填する方針を打ち出した4。第二に、金銭的実被害の有無にかかわらず、同サービスの全契約者に対して一律5,000円の見舞金を支払うことを決定した4。第三に、侵害を受けた現行のシステム基盤は再開せずに完全に破棄し、セキュリティアーキテクチャを抜本的に刷新した独立クラウド基盤へと環境を全面移行させ、希望者には移行後6か月間無償で新環境を提供する措置を講じた4。
2.5 「能動的サイバー防御」緊急要請を巡る制度的摩擦
GMOインターネットは第4報において、2026年10月1日に施行されたばかりの「サイバー対処能力強化法(重要電子計算機に対する不正な行為による被害の防止に関する法律)」に基づき、攻撃基盤の追跡・遮断およびサーバー無害化措置を実施する「能動的サイバー防御」の適用を政府関係機関へ緊急要請したと公表した18。民間企業が自社被害を契機として同法の「発動第1号」を公に要請したことは、国内外で大きな議論を巻き起こした18。
しかし、同法における攻撃元サーバーへの侵入・無害化措置は、国家安全保障や重要インフラに対する重大な危害を未然に防ぐため、警察や自衛隊が独立機関(サイバー通信情報監理委員会)の承認等を経て主体的に判断・行使する公権力措置であり、個別民間企業からの法的な要請手続きは制度上想定されていない25。政府関係者からは、すでに攻撃が実行され被害が発生した事後段階における無害化措置の実効性に疑問が呈されたほか、民間からの要請公表によって捜査・防衛行動の手の内を外部にさらすリスクや、個別企業の損失補填・防衛要求に国家機関が応じることの法規範的妥当性を巡る困惑が示され、官民連携の枠組みにおける法制度と企業実務の乖離を浮き彫りにした25。
3. 2026年10月 GMOリサーチ&AI「infoQ」脆弱性侵害事案
「お名前.com デスクトップクラウド」の事案とほぼ同時期に、グループ傘下でオンラインリサーチを展開するGMOリサーチ&AIのアンケートサイト「infoQ」においても、ソフトウェア脆弱性を起点とした不正アクセスが発生していた6。
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項目 |
詳細内容 |
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発生時期・発覚 |
2026年10月2日以降に侵入開始。10月3日午前、会員からの問い合わせを受け不正アクセスを確認7。 |
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侵入原因 |
サイトで使用していたソフトウェアの脆弱性を悪用した外部からの侵入6。 |
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漏洩が確定した情報 |
会員894,082件の個人データ(氏名、フリガナ、性別、生年月日、メールアドレス、住所、電話番号、暗号化パスワード、会員ID、保有ポイント数、最終回答日等の利用状況)7。 |
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影響対象外の情報 |
クレジットカード情報およびマイナンバー(システム内で非保持)7。 |
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直接的金銭被害 |
会員611件のアカウントにおいて、計2,869,500円相当の保有ポイントが本人の意思に反してAmazonギフトコードへ不正交換・詐取7。 |
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実施された初期対応 |
10月3日11:24にポイント交換停止、14:15に攻撃経路遮断、15:00にサービス全面停止7。10月5日に個人情報保護委員会へ報告7。10月6日に警察相談7。10月7日に全会員のパスワードを強制無効化7。 |
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被害救済措置 |
不正交換されたポイント全額の補填(サービス再開時にアカウントへ再付与)7。 |
同社のインシデント初動における特筆すべき点は、侵入経路の遮断(14時15分)やWebサービス全体の停止(15時00分)に先立ち、不正アクセスの確認直後である11時24分の段階で、価値の外部流出経路であるポイント交換機能を最優先で遮断した点にある7。これにより、流出した89万件超のアカウント規模と比較して、実際のポイント不正換金被害を611件(約287万円)にとどめるダメージコントロールが図られた7。しかし、氏名や電話番号に加え「保有ポイント数」や「最終回答日」といったアクティブな利用動向データが外部流出したため、流出データを悪用した高精度なフィッシング詐欺やソーシャルエンジニアリング攻撃への波及が懸念されている7。
4. GMOグループにおける歴代主要サイバー攻撃・不正アクセス史
GMOインターネットグループが過去十数年にわたり直面してきた主要なセキュリティインシデントは、その時代のインターネットアーキテクチャの脆弱性と攻撃トレンドを色濃く反映している。
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発生時期 |
対象サービス・企業 |
攻撃手法・技術的原因 |
被害規模・内容 |
主な対応・再発防止策 |
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2011年9月 |
GMOグローバルサイン29 |
商用Webサーバー(www.globalsign.com)への不正侵入およびハッカー声明11。 |
証明書発行インフラ(CA)本体への侵入は未遂。Webサーバー上の静的ファイルや当該サーバー向けSSL秘密鍵への不正アクセス懸念11。 |
SSLサーバー証明書発行業務の一時完全停止、外部専門機関(Fox-IT社)によるフォレンジック検証を経てインフラの無事を確認し再開11。 |
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2013年8月 |
GMOペパボ「ロリポップ!」10 |
WordPress簡単インストール機能における管理者未設定の不備、および共用サーバーのディレクトリパーミッション不備(FollowSymLinksによる他ユーザー領域参照)10。 |
WordPressサイト8,438件が改ざん(画面上に「Hacked by Krad Xin」等の文字列挿入)10。個人情報の漏洩はなし10。 |
wp-config.phpやinstall.phpのパーミッション変更、DBパスワードの一括強制変更、ディレクトリ横断アクセスの抑止、全サーバーへのWAF適用10。 |
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2013年8月 |
GMOメディア「ヤプログ!」「ポイントタウン」等30 |
他社流出の認証情報を流用した「リスト型アカウントハッキング(クレデンシャルスタッフィング)」30。 |
約8.4万件のアカウントにおいて、登録プロフィール情報(氏名、生年月日、仮想通貨「Gコイン」履歴等)が第三者に閲覧された可能性32。 |
該当アカウントのログイン一時遮断、パスワード初期化要請、不審IPからのアクセス制限、緊急サイト閉鎖と再構築33。 |
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2014年5月 |
GMOペパボ「JUGEM」34 |
外部委託サービスから読み込んでいたJavaScriptの改ざん(サプライチェーン攻撃)、Flash脆弱性を悪用した水飲み場型攻撃36。 |
ブログ閲覧者が、ネットバンキング不正送金等を目的としたマルウェアに意図せず感染させられる危険性が発生35。 |
外部スクリプトの即時読み込み停止、全配信ファイルのスキャン、閲覧者および管理者への注意喚起とマルウェア駆除案内36。 |
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2017年3月 |
GMOペイメントゲートウェイ(GMO-PG)12 |
Webフレームワーク「Apache Struts 2」の既知の重大脆弱性(CVE-2017-5638/S2-045)を悪用した遠隔コード実行12。 |
受託運営していた東京都税支払いサイトおよび日本年金機構サイトから、セキュリティコードを含むクレジットカード情報等719,830件が流出13。 |
パッチ適用による脆弱性解消、外部セキュリティ機関によるフォレンジック調査、カード会社連携による不正利用モニタリング強化13。 |
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2018年1月 |
GMOペパボ「カラーミーショップ」39 |
ショップ管理システム内の独自アプリケーション機能の不備を突いた不正コードの設置・実行39。 |
ショップオーナー情報最大77,385件流出。オーナーおよび購入者のクレジットカード情報最大12,141件(セキュリティコード含む)流出39。 |
侵入経路遮断、機能停止、全オーナーのパスワードリセット、カード決済新規申込停止、社長を委員長とする「再発防止委員会」設置39。 |
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2026年10月 |
GMOペパボ「ロリポップ!」41 |
PHPの重大な脆弱性(CVE-2026-109618、CVE-2026-109619、CVSS 9.2)を狙った攻撃試行9。 |
予防的措置としてのサービス一時停止。不正アクセスおよび情報漏洩の発生は未然に阻止41。 |
修正版公開前の予防的サービス停止、全バージョンに対するsession.upload_progressの無効化および独自パッチ適用41。 |
これらの事案を通じ、グループは各レイヤーでのセキュリティ対策を段階的に強化してきた。2011年のGlobalSign事案では証明書発行インフラの論理的分離の徹底が図られ11、2013年のロリポップ事案ではマルチテナント環境におけるテナント間アイソレーションの欠如とCMS初期設定の甘さが浮き彫りとなった10。2017年のGMO-PG事案はオープンソースソフトウェア(OSS)のパッチマネジメントにおけるタイムラグがもたらす致命的な結果を示し12、2018年のカラーミーショップ事案は独自アプリケーションのセキュアコーディング検証体制の再編を迫る契機となった39。
5. 根本原因の技術的・組織論的考察
5.1 トップクラスの技術部隊と本番インフラ運用の解離
GMOインターネットグループは、国際的なハッキング競技会等で顕著な実績を有するセキュリティ専門企業「GMOサイバーセキュリティ byイエラエ」を傘下に収め、国家レベルのセキュリティクリアランスに対応する新組織を設立するなど、業界最高峰の脆弱性診断・防御能力を有している9。それにもかかわらず、中核サービスにおいて壊滅的な不正侵入を許した背景には、社内技術知見と本番運用ガバナンスとの間に生じた「組織的分断」が存在する9。
グループ代表の熊谷正寿氏が公開した手記で自省している通り、社内のホワイトハッカー部隊からは事前に対象サービスのアーキテクチャ上の弱点や改善課題が現場チームへ明瞭に指摘されていた9。しかし、現場レベルでの改修作業は、サービス可用性への影響や他の開発タスクとの優先順位調整の中で段階的かつ慎重に進められ、結果として十分な改修深度とスピードが伴わないまま、攻撃者に防衛の間隙を突かれることとなった9。高度な攻撃者視点を持つ専門家を内部に抱えながらも、そのリスク評価が迅速な強制力を持って本番環境のシステム改修や遮断判断に結びつかなかった点が、最大のガバナンス上の欠陥であった9。
5.2 「可用性至上主義」によるトリアージの遅延
インターネットサービス事業者にとって、ダウンタイムの発生は顧客への契約不履行(SLA違反)や売上減少に直結するため、一般的に「稼働を継続させたままバックグラウンドで安全にパッチを適用する」という判断が優先されやすい9。とりわけ24時間連続で為替相場が変動する金融取引向けVPSにおいては、数分間のサーバー再起動であってもユーザーの取引機会喪失や意図しない強制ロスカットを誘発する恐れがあるため、メンテナンスに伴う計画停止に対する心理的・運用のハードルが極めて高かった4。
この「可用性至上主義」に基づくリスク判断は、攻撃の進行速度が遅かった過去の環境下では成立していたが、現代の脅威環境では致命的な脆弱性となる。同じ2026年10月にGMOペパボが深刻なPHP脆弱性(CVSS 9.2)に対してサービスを即座に止める「予防的サービス停止」を断行して侵入を完全に防ぎ切ったのに対し9、デスクトップクラウド側では稼働維持を優先した結果として侵入を許し、最終的にインフラ全面廃棄と巨額の損失補填という、計画停止を桁違いに上回る致命的なコストを払う帰結となった4。
5.3 クラウドと金融エコシステムを跨ぐ「責任のエアポケット」
本件は、クラウドインフラ事業者、金融機関(証券会社・暗号資産交換業者)、そして個人投資家の3者が交差する領域に生じたセキュリティ設計上の「死角(責任のエアポケット)」を精密に突いた攻撃であった4。
インフラ事業者であるGMOは、純粋な計算資源としてのWindows仮想マシンを貸与する立場であり、内部で稼働する取引ソフトウェアの挙動や金融認証情報の保護までは責任の範疇外とする規約構造をとっていた4。一方、金融機関側から見れば、攻撃者がVPSから盗み出した正規のID、パスワード、および維持されたセッションを経由して注文が行われていたため、自社システムへの侵入ではなく「正規ユーザーによる正当な取引」として処理せざるを得なかった4。そして利用者は、常時取引の利便性と引き換えに、認証情報を平文または復号可能な状態でVPS内に保持し続けていた4。
このように、単一の主体だけでは防ぎきれない責任の境界線に攻撃者が介入し、金融機関の出金制限を「市場での反対売買」によって迂回するという手口を成立させた4。GMOが規約の免責条項を超えて全額補填に踏み切ったことは、クラウドインフラ事業者が上位レイヤーの金融取引資産の保護責任を事実上引き受けたことを意味し、クラウドサービスにおける責任共有モデル(Shared Responsibility Model)の再定義を迫る契機となった4。
5.4 攻撃プロセスの自動化・AI化に伴うリードタイムの消滅
攻撃主体の進化において極めて深刻な要素は、AI技術や自律型侵入テストツール(ARTEX等)の悪用による攻撃サイクルの短縮化である9。公開された資産のポートスキャン、ソフトウェアバージョンの識別、既知・未知の脆弱性の検知、さらには環境に特化したエクスプロイトコードの生成と侵入試行が、24時間体制で自律的かつ超高速に実行されている9。
かつてのように「脆弱性情報を把握してから社内で稟議を通し、テスト環境で検証した上で数週間後にパッチを当てる」という人間の意思決定サイクルは、機械化された攻撃の前では完全に通用しない9。脆弱性が露見した瞬間から実戦悪用までのタイムラグが消失した現代においては、リスクを認識した段階でシステムを即時隔離できる自動化された防衛メカニズムが不可欠となっている9。
6. 結論と今後の教訓
GMOインターネットグループが直面した一連のサイバー攻撃は、単独のインシデントという枠組みを超え、クラウドインフラのセキュリティアーキテクチャ、企業の緊急意思決定ガバナンス、そして国家安全保障と民間防衛の境界線に横たわる根本的な課題を白日の下に晒した。
今後のインフラ運用およびセキュリティ戦略において実装すべき教訓は明確である。仮想デスクトップ環境における生認証情報の安易なローカル保存を排除し、APIトークン化や多要素認証(MFA)の強制、RDPリダイレクト機能の厳格な制限など、インフラから金融ツールにまたがるゼロトラストアーキテクチャの再設計を完遂しなければならない4。同時に、企業ガバナンスの側面においては、社内のホワイトハッカーやセキュリティ統轄部門(CISO)が致命的なリスクを検知した際、事業部門のサービス可用性目標に制約されることなく、即座に「予防的サービス停止」を執行できる独立した指揮権限を制度化することが急務である9。
さらに、「サイバー対処能力強化法」に基づく能動的サイバー防御の適用を巡る混乱が示したように、民間の重要インフラが直接的な経済犯罪や金融資産略奪の脅威に晒された際、官民がどの水準で脅威インテリジェンスを共有し、国家の無害化措置と民間の自衛・補償スキームをどのように連動させるかについて、実効性のある運用プロトコルの策定が強く求められている18。
引用文献
- 総合ネットセキュリティサービス|GMOセキュリティ24, https://group.gmo/security/
- GMO不正アクセス、「攻撃者」から金銭要求も…ネット上に「数, https://www.yomiuri.co.jp/economy/20261024-GYT1T00290/
- お知らせ【重要】「お名前.com デスクトップクラウド」への不正, https://group.gmo/info/alert/20261022/
- GMOお名前.com不正アクセス事件の全貌|stpete – note, https://note.com/stpeteishii/n/n42b7606e292e
- お名前 .com デスクトップクラウドへの不正アクセスについてまとめ, https://piyolog.hatenadiary.jp/entry/2026/10/23/014520
- GMOリサーチ&AI 運営のアンケートサイト「infoQ」に不正アクセス, https://s.netsecurity.ne.jp/article/2026/10/19/56497.html
- 当社が運営するアンケートサイト「infoQ」への不正アクセスによる, https://gmo-research.ai/pressroom/notice/notice-20261014
- GMOリサーチ&AI/infoQの事案(流出・不正交換確認), https://ai.itokoba.com/security-tier/incidents/incident-010/
- 「最悪の想定」は実行される –GMOの事例とPHP脆弱性対応 … – note, https://note.com/anonymous_notes/n/na622d25b1d2f?sub_rt=share_pw
- 当社「ロリポップ!レンタルサーバー」における 第三者による, https://pepabo.com/news/information/201309092050/
- 不正アクセスに関する調査と分析についての最終報告, https://info-globalsign.com/news/20111214-399
- 国内トップ級のセキュリティ企業を抱えるGMOでも破られたいま, https://note.com/mistorun/n/n2154d675ed71
- カード情報など約72万件が漏えいか。決済代行のGMOペイメント, https://netshop.impress.co.jp/node/4094
- GMOはホワイトハッカーですか。 – Yahoo!知恵袋, https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14332370869
- GMO熊谷社長がブログで謝罪…社内技術者はセキュリティー課題指摘も「間隙つかれた」, https://www.yomiuri.co.jp/national/20261025-GYT1T00161/
- 不正アクセスに揺れるGMO、系列暗号資産取引所が注意喚起, https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/21e41a554000fa907f3ba9c27b468c0ffb51badd
- 連結子会社の提供サービスへの不正アクセスに関するお知らせ, https://ir.group.gmo/pdf/irlibrary/gmo_disclose_info20261023.pdf
- GMO、「お名前.com デスクトップクラウド」へのサイバー攻撃で詳報, https://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/2150991.html
- GMO「お名前ドットコム」に不正アクセス、FX「数百万円の損失が出た」との声も…パスワード変更呼びかけ, https://www.yomiuri.co.jp/economy/20261023-GYT1T00316/
- 【重要】「お名前.com デスクトップクラウド」への不正アクセス, https://group.gmo/info/alert/20261023/
- GMO不正アクセスで損失補償を発表、暗号資産取引への影響も懸念, https://bittimes.net/news/231276.html
- GMO「お名前.com デスクトップクラウド」へのサイバー攻撃で, https://rocket-boys.co.jp/security-measures-lab/gmo_onamae_hacker_statement_lab_sources_20261025/
- 知らぬ間にFX「取引」、一瞬で119万円消失…GMOに安心感あったのに「これ現実なの?」, https://www.yomiuri.co.jp/national/20261024-GYT1T00360/
- 大幅続落、不正アクセスに伴う損失の拡大を警戒視 – 株探, https://kabutan.jp/news/marketnews/?b=n202610260656
- GMOの「能動的サイバー防御」緊急要請、政府関係者「求めに応じ発動決める制度ではない」, https://www.yomiuri.co.jp/politics/20261024-GYT1T00257/
- GMO「infoQ」に不正アクセス、最大95万件の会員情報漏えい, https://www.itmedia.co.jp/news/article/2610/06/2000002021/
- 当社が運営するアンケートサイト「infoQ」への不正アクセスによる, https://gmo-research.ai/pressroom/notice/notice-20261005
- GMOリサーチ&AIの「infoQ」に不正アクセス|最大94万件の個人, https://innovatopia.jp/cyber-security/cyber-security-news/118620/
- GMOグローバルサインが証明書発行停止 不正アクセス犯行声明に, https://www.itmedia.co.jp/news/article/1109/07/1110907088/
- ブログやポイントサービスでほぼ同時に不正ログインが発生 – GMO, https://www.security-next.com/042555
- ニュース関連記事の一覧(901ページ目 / 全1364ページ):Security, https://www.security-next.com/category/cat191/page/901?page=107
- パスワードリスト型攻撃で公表されている被害事例まとめ – jamhelper, https://jamhelper.com/caseoflistattack/
- 不正アクセスとは?主な手口と被害リスク、効果的な対策を徹底解説, https://group.gmo/security/cybersecurity/cyberattack/blog/unauthorized-access/
- H.I.Sなど3サイト改ざん 閲覧者がマルウェア感染の恐れ – ITmedia, https://www.itmedia.co.jp/news/article/1406/02/1140602068/
- 「JUGEM」ブログ閲覧するとマルウェアダウンロード、JavaScript, https://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/650718.html
- H.I.S.のサイト閲覧しただけでマルウェア感染した恐れ、銀行の口座, https://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/651100.html
- バッファローDLサイト経由で感染するマルウェアが判明, https://www.security-next.com/49232
- GMOペイメントゲートウェイに不正アクセス クレジットカード情報, https://www.itmedia.co.jp/enterprise/spv/1703/10/news157.html
- 「カラーミーショップ」における情報流出に関するご報告とお詫び, https://pepabo.com/news/information/201801260800
- GMOペパボのクレジットカード情報漏えい事件について考えてみた。, https://foxsecurity.hatenablog.com/entry/2018/01/30/090000
- GMOペパボ、PHP脆弱性で停止の「ロリポップ!」サイトを復旧, https://finance.biggo.jp/news/e0af2fb2-247a-45aa-a46c-1d7d342660fc
- GMOサイバーセキュリティ byイエラエ株式会社, https://group.gmo/news/article/10007/
- GMOのFX用VPS不正アクセスは?お名前.comの経緯と確認点, https://sucsak.com/contents/onamae-desktop-cloud-breach
- CISOとは?CIOとの違いや主な役割、求められるスキルを解説, https://group.gmo/security/cybersecurity/soc/blog/ciso/

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